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古代の里へ 9

大物主神の子孫 大直禰子神社  2020-2-23参拝 2020-5-23

初瀬の里、次に大神神社を中心に三輪の里と山の辺の道、
それから多武峯街道沿いの社寺へ行きました。
初瀬谷や三輪山から香具山の辺り一帯には天皇や皇后の宮が
13もあったと伝えられ、宮が飛鳥に移るまで大和王権の中心地域でした。

さて、初瀬谷の次は三輪の里です。

三輪の里・山の辺の道コース
大神神社→狭井神社→八大龍王弁財天大神→大美和の杜→久延彦神社→
大直禰子神社→大神神社の摂社・末社→平等寺→志貴御縣坐神社→
三輪坐恵比須神社

大直禰子神社 おおたたねこじんじゃ。
「若宮」とも呼び、大神神社の摂社です。

この神社は元は大神神社の神宮寺で、大御輪寺と言うお寺でした。
創建は不明ですが奈良時代の宝亀元年(770)にはすでにあったらしいです。

現在の祭神の大直禰子命は大物主の子孫で、
崇神天皇の時代に大神神社の祭主となった人物です。




久延彦神社から三輪の門前町を歩いて大直禰子神社へ。
普通の家が多いですが、カフェやお食事処やお土産を売ってるお店もあります。
最近できたっぽい感じでそんなお店が増えてきてるのかな?

20-2大神神社 (148)

大直禰子神社。その前に、、、

20-2大神神社 (149)

入り口の階段の右側にあるのが「おだまき杉(緒環杉)」

また「古事記」の神話になります。
美しい娘、活玉依媛のもとに毎夜、麗しい若者が訪ねて来て二人は恋に落ち、姫は身ごもります。
姫の両親は、糸巻きの麻糸を針に通して若者の衣の裾に刺せと教えます。
翌朝になると糸は鍵穴を出て、後に残っていた糸巻きは三勾(みわ)だけでした。
さらに糸を辿ってゆくと三輪山にたどり着きました。
これによって若者の正体が大物主大神であり、お腹の中の子が神の子と知るのです。
この時に糸巻きが三巻き(三勾)残っていたことから、この地を美和(三輪)と名付けたということです。

なんでこの杉が「オダマキ杉」かと言うと姫の糸がこの杉の下まで続いて続いていたからです。
神代の時代の伝説の杉は現在は根っこだけが残ります。
樹齢はどんなもんだろうか?

20-2大神神社 (150)

大神神社には平等寺、大御輪寺、浄願寺(尼寺)という三つの大きな神宮寺がありましたが、
明治時代の廃仏毀釈で三寺全てが廃寺となりました。

平等寺は復活し、この後で参拝します。
浄願寺は三輪成願稲荷社になりました。
そして大御輪寺は大直禰子神社になりました。

20-2 大田田根子

本殿は大御輪寺の本堂です。
いかにもお寺のお堂ですよね~

かつては境内に三重塔、護摩堂、鐘楼などもありました。
御本尊だった十一面観音菩薩立像(国宝)はこの後で行く聖林寺で安置されています。
2017年11月に行った長岳寺や玄賓庵、同じく奈良の正暦寺にも大御輪寺の仏像が
安置されているそうです。
後は安倍文殊院の庫裏は、大御輪寺の客殿を移建したそうです。

大御輪寺が無くなったのは残念ですが、仏像や建物が破壊されず、
後世に伝えることができて良かったです。

20-2大神神社 (153)

御祭神は大直禰子命。
この人は伝説のオダマキ杉の時の大物主神と活玉依媛の子孫です。

本殿には大直禰子の木造神像が安置されているそうですが、
この像は大御輪寺の時代からここに安置されていた像です。

昭和62年に本殿の修理解体の時に発掘調査も行われました。
ここは奈良時代には豪族の館があり、この豪族が大直禰子の末裔の
大神氏(三輪氏)の館であったそうです。
今昔物語に彼らの物語が書かれているんですって。

大御輪寺は大神神社の神宮寺であり、大神氏の氏寺でもあったそうです。

20-2大神神社 (152)

大直禰子命が崇神天皇時代に大神神社の祭主になった経緯は古事記や日本書紀に書かれています。
ちょっと長いです^^;

崇神天皇の時代、疫病が流行り国が荒れました。
天皇は天照大神・倭大国魂神を天皇の「大殿」に並んで祀ったのが
良くなかったと、天照大神は豊鍬入姫命に、倭大国魂神は渟名城入姫命に祀らせました。

天照大神はその後、倭姫に託され、伊勢の地に祀られます。
しかし倭大国魂神は渟名城入姫命には祀れませんでした。
(2017年11月に行った大和神社でも書きました)

そこで崇神天皇は占いをします。
すると倭迹迹日百襲姫命が神憑りし、大物主が自分を祀れと告げます。
で、崇神天皇は大神神社を造り祀ったのですが、まだ国は不安定です。

さらに天皇が斎戒沐浴し祈ると、夢に大物主が現れ、「大田田根子命(大直禰子命)を大物主神を祀る祭主とし、
市磯長尾市(いちしのながおち)を倭大国魂神を祀る祭主とすれば、天下は平らぐ」と告げ、
倭迹迹日百襲姫命・大水口宿禰・伊勢麻績君の3人も同じ夢を見ます。

茅渟県の陶邑(古事記では河内国美努村)で大田田根子が見つかり、
大物主を祀らせると国は安定し、平和になったとさ。

20-2大神神社 (151)

御饌石(みけいし)。
古代の磐座かと思いきや、わりと新しいものだそうです。
お正月に久延彦神社に御饌をお供えする石でした。

20-2大神神社 (154)

摂社・御誕生所社。
祭神は鴨部美良姫。大田田根子命の母という記述が「先代旧事本紀」にあるそうです。

20-2大神神社 (155)

御誕生所社の境内の中にある磐座。
こちらももしかしたらこの磐座が御神体だったのかも?

20-2大神神社 (156)

末社の琴平社。

20-2大神神社 (157)

門前町。
まっすぐ行くと大神神社の参道に出ます。

道沿いに赤い幟が見えます。

20-2大神神社 (158)

馬場本村 地蔵堂です。
子安地蔵、ぼけ封じ地蔵、脳天地蔵と、たくさんのお地蔵様がいらっしゃるお寺です。

20-2大神神社 (159)

御本尊は子安地蔵尊。

20-2大神神社 (160)

お地蔵さんの写真がありましたが、由緒などの説明はなかったです。

20-2大神神社 (161)

寛永3年(1626)の「大和名所図会」四に地蔵堂が
現在と同じ場所で載っています。

20-2大神神社 (162)

狭い境内にたくさんのお地蔵さんやら宝篋印塔が並んでいます。
街のあちこちにあった石仏を集めた感じです。

神代の世界から人間界に来たようです。

この後は大神神社の南方面の摂社末社を巡礼に行きます。

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伊勢神宮の近所で生まれ育って
現在、伊勢の隣の町に在住。

忙しかった子育ても一段落。
行きたかった神社、お寺、
歴史の舞台、遺跡etc
あちこちお出かけするぞ~~
御朱印ももらっちゃうもんね^^

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