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11月の行楽 和泉葛城篇 5

女人高野・天野行宮 天野山金剛寺  2019-11-3参拝  2020-2-6

11月の行楽 三日目は和泉葛城山系の大阪側を巡りました。

和泉葛城篇
施福寺→満願滝弁財天→男乃宇刀神社→子安阿弥陀寺→天野山金剛寺
大威徳寺→積川神社

真言宗御室派 大本山 天野山金剛寺 あまのさん こんごうじ。

奈良時代の天平年間(729年~749年)に聖武天皇の勅願によって行基が創建。
その後、弘法大師も修行したとされます。

平安時代の終わりに高野山の阿観(あかん)上人が寺住。
後白河上皇とその妹の八条女院の庇護を受け、お寺を再興。
八条女院の祈願所となり女人高野と呼ばれ栄えます。

南北朝時代には南朝方の拠点となり天皇の行宮となります。
北朝の攻撃を受け戦渦に巻き込まれ、40余りの塔頭が焼失。

戦国時代に信長・秀吉の庇護を受けたので兵火に遭うこともなく、
5つの国宝と29件の重要文化財を所有する文化財の宝庫です。


和泉市から河内長野市へ。
市境を越えたところに天野山金剛寺があります。

このお寺の事は全く知らず、地図を見ていたら「大本山」と
書いてあったので、もしかして凄いお寺?と参拝を決めました。

急きょ決めたので、リサーチが足りず、見落とした点が多々あり
また行きたいお寺の一つです。

和泉葛城山 (109)

ラッキーなことに本日は国宝の特別公開をやっていました。
南大門の前にも駐車場があったのですが、リサーチ不足なので、
奥の駐車場まで来ました。
地図の写真で言うと一番左です。

どちらでも駐車料金は500円です。

和泉葛城山 (110)

駐車場から来るとまず、庭園のある客殿や奥殿ある本坊エリアです。
この時はとにかく見れるものは全部見るって感じで入ったんですけどね^^;

特別入山拝観共通券 1500円。
これで全部見れるはずだ ヾ(・∀・)ノ

和泉葛城山 (111)

南北朝時代、後村上天皇が6年間、金剛寺食堂を正殿として
大政を執られました。(天野行宮時代)

その時、この奥殿(北朝御座所)に北朝の光厳、光明、崇光の三上皇と
皇太子の四人が幽閉されていました。

和泉葛城山 (113)

広くて素敵な庭でおお~~と思ったんですが、
ちっとも素敵に撮れていない><

この庭は室町時代に作庭され、その後桃山時代に阿波国徳島藩主・蜂須賀家政が改修、
そして江戸時代に雪舟流の家元・谷千柳が現在の姿に改修したとされます。

和泉葛城山 (116)

右が客殿、奥に見える白い蔵は宝物館。

国宝の「延喜式」の一部があったり、楠木正成の直筆の書状など、
他にも重要文化財があります。

和泉葛城山 (119)

多分、奥殿に向かう渡り廊下。

和泉葛城山 (120)

こちらが多分、奥殿。

囚われの身の上皇が住んでいた所。
どうやら建物は当時のものではなさそうですけど、
この本坊エリアの建物の多くは登録有形文化財になっています。

どの建物も内部は撮影不可でした;;

金剛寺朱印帳

御朱印帳を買いました^^
こちらはお寺所有の国宝の日月四季山水図(屏風絵)室町時代の作です。
春と夏の情景です。

本物が公開されていました。
本物は6枚なので、朱印帳の絵よりももっとダイナミックです。
もちろん、秋と冬の景色もあります。

未使用の御朱印帳がたくさんあるので、買うのを迷っていたら、
相方がカッコイイから買えば?と言ってくれたので買いました♡

金剛寺朱印

御朱印。

和泉葛城山 (123)

本坊エリアを後にて本堂エリアへ行きます。
参道は白壁が続き、横を流れる小川には橋がいくつも架かり、
対岸には塔頭が建ち並んでいます。

和泉葛城山 (122)

塔頭の門は閉まってますけど、風情のある道です。
ちょっと写真が下手で風情が伝わらないわ。。。

和泉葛城山 (124)

本坊エリアと本堂エリアの間にあるのは摩尼院(重要文化財)です。
こちらは入山料を払った人は100円で拝観できます。
せっかくなので拝観!

和泉葛城山 (126)

摩尼院は南朝の後村上天皇の住居だった所です。
後村上天皇が行宮にしていたのは正平9年(1354)~14年(1359)。

和泉葛城山 (127)

天皇が住んでいたにしては質素だなと思ったら、
現在の建物は慶長年間(1596~161)に建てられたらしいです。
でも、十分古いですけどね、重要文化財ですし、武士的な質実剛健な感じ。
天皇の御所的な煌びやかさは無いですね。

写真はこれだけしか撮らなかったんですが、敷地は広かったように思います。

和泉葛城山 (128)

天皇が見ていた景色も今とは違うんでしょうか?
もしかしたら、もっと豪華なお寺だったかもしれませんね。

ここにも楠木正成ゆかりの品があります。

和泉葛城山 (129)

楼門をくぐって本堂へ参ります。

楼門も重要文化財。
この中の建物はほぼ全て文化財です。(重要文化財多し!)

今まで行った社寺も兵火に罹らなかったら重要文化財だらけなんでしょうね。

和泉葛城山 (130)

顔がよく見えませんけど、大きくてカッコイイです。
ちょっと手の込んだ像ですよね。

こちらは持国天立像。弘安二年(1279年)法橋正快等作。

和泉葛城山 (131)

増長天立像。こちらも弘安二年(1279年)法橋正快等作。

和泉葛城山 (132)

境内は広々とした感じです。

和泉葛城山 (133)

楼門を入ってすぐ右側にあるのが食堂(じきどう)。
食堂は後村上天皇が政庁天野殿とした建物。

和泉葛城山 (159)

食堂は重要文化財。鎌倉時代の創建。

和泉葛城山 (155)

金堂(本堂)です。重要文化財。平安時代 治承2年(1178)の創建。
六丈の大日如来像を安置する為、内陣の天井がとても高いです。
慶長の大修理で改造されましたが、内陣は原形をとどめているそうです。

和泉葛城山 (156)

現在の金堂は鮮やかな朱色に映え、極彩色の絵も美しいです。
平成21年から30まで9年かけて大修理を行いました。

金剛寺パンフ

内陣は撮影不可なので、頂いたパンフレットです。
国宝 金堂三尊像。

中心に大日如来像(平安時代)高さ313.5cm。
定朝様式の優美なお方です。金箔がそのまま残っているのも凄いです。
平安時代に高野山の阿観上人が再興した頃(1178頃)の作と考えられています。

左脇侍 不動明王坐像。
胎内の墨書きにより鎌倉時代 天福2年(1234)に行快(快慶の高弟)に
よって製作されたことが分かりました。

右脇侍 降三世明王坐像。
こちらも行快の作と考えられています。

和泉葛城山 (134)

天平年間(729年~749年)に聖武天皇の勅願によって行基が開いたとされ、
弘法大師(空海)も修行をしたとされています。
しかし、その後衰退してしまいます。

平安時代末期に高野山の阿観上人が住すると、後白河上皇と
妹の八条院の篤い帰依を受けました。
また治承4年(1180年)には地元の武士である源貞弘から土地を寄進され、
金堂などを建立し、再興しました。

和泉葛城山 (136)

塔婆(多宝塔)重要文化財。平安時代の創建。
豊臣秀頼の修理で大改造されたそうです。
平成の大修理で美しい色が蘇りました。

和泉葛城山 (139)

今日は扉が開いていませんので、内部は見えませんが、
HPではキレイな絵が壁から柱から所狭しと描かれていました。
多宝塔の公開は無いんでしょうか?

和泉葛城山 (135)

八条院の帰依を受け、再興した金剛寺ですが、
八条院の侍女大弐局(浄覚尼)と妹の六条局(覚阿尼)が阿観の弟子となり、
二代続けて院主となり女性の参詣ができ、「女人高野」と呼ばれて有名となりました。

高野山は女人禁制でしたからね。

和泉葛城山 (137)

蔵みたいですけど経蔵。
元禄13(1700)年の建築。

和泉葛城山 (138)

経蔵と一緒のように見えるけど宝蔵。

経蔵も宝蔵もなんと後ろの漆喰の剥げた築地塀も重要文化財です。

和泉葛城山 (150)

本堂より一段高くなった所にたくさんのお堂が並んでいます。
ぜ~~んぶ重要文化財。

和泉葛城山 (140)

御影堂。
御影堂に桧皮葺きの屋根付きの登廊が付いてます。

和泉葛城山 (141)

残念ながら通れません~登廊の先には。。。

和泉葛城山 (142)

観月亭がありました。
月を見る為だけに造られたテラスですね。
なんとも贅沢です。
いや~どんな景色か、見てみたい~。

和泉葛城山 (153)

薬師堂。

和泉葛城山 (152)

すごく美しい薬師如来像が安置されているではないですか。
光背もキレイ~~脇侍もいいな~~
さらに両脇に十二神将?も安置されている。
堂内の拝観は無いんでしょうかね?

和泉葛城山 (151)

こちらも素敵~~~五体の仏像はピカピカです。
五仏堂の写真は撮り損ねました;;
御影堂と薬師堂の間にあり渡り廊で繋がってます。
桧皮葺きの良い感じのお堂です。

和泉葛城山 (143)

法具蔵。

和泉葛城山 (144)

護摩堂。

和泉葛城山 (145)

光厳天皇陵。こちらは分骨での陵です。
この人は自分でここに分骨するって決めたのかな?
幽閉されていたのに、この地に愛着があったのかな?
ちょっと不思議に思います。

和泉葛城山 (149)

ちょっと高い所にあるのは開山堂。

和泉葛城山 (147)

こちらはの元禄13年(1700)徳川綱吉の命により岸和田城主岡部長泰を奉行として、
境内建物が修理されるとともに、開山堂が造られました。

和泉葛城山 (148)

開山堂の中は相当古い石塔2基。
阿観上人のお墓と伝えられています。

和泉葛城山 (154)

こちらからは四国八十八か所巡りができます。

和泉葛城山 (158)

鐘楼も重要文化財。
平成の大修理で美しくなりました。

和泉葛城山 (157)

ちゃんと見たつもりでしたが、見逃しが多数あり。
道を挟んだ向かいの山の中にあった鎮守社を見てない;;
ネットで見るとこちらも修理されて朱色に美しい色彩が施されています。
総門も見逃したし、小さなお社(境内社)も見逃した。
全部、重要文化財です。

和泉葛城山 (160)

楠木正成については南朝方に立って戦って死んだ武将くらいしか知りません。
あちこちの社寺をまわると、彼の所縁の地があり、「悲劇の武将」と感じました。
まあ、上っ面しか分からないんですけどね。

和泉葛城山 (161)

楼門の前に架かる屋根付きの橋。
渡れないんですけど、なんか良いな~と思います。
こういう文化財がもっとあったはずです。

今度はもっとじっくりと時間をかけて、参拝したいです。

天野山金剛寺 HP >>

次は大威徳寺。和泉葛城山の麓の山寺です。

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Author:じゅみーcoco
伊勢神宮の近所で生まれ育って
現在、伊勢の隣の町に在住。

忙しかった子育ても一段落。
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歴史の舞台、遺跡etc
あちこちお出かけするぞ~~
御朱印ももらっちゃうもんね^^

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