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和歌山市探訪 4

和歌の神 玉津島神社  2019-7-14参拝  2017-10-12

せっかく和歌山市に来ましたが、時間が無いので厳選しまして、
古くからの景勝地である和歌の浦に行きました。

竈山神社→紀三井寺→玉津島神社→和歌浦天満宮→紀州東照宮

玉津島神社 たまつしまじんじゃ。

創建は「玉津島の神は、〝上つ世〟より鎮まり坐る」
〝上つ世〟っていつですか?
分からないくらい古いらしいです^^;

昔は満潮時に6つの島山(玉津島山)が玉のように海中に点在していたとされます。
干潮になると陸続きとなり、神聖な場所とされました。

奈良時代には天皇に愛され「玉津島行幸」が行われました。
そして和歌の神・衣通姫尊が祀られたことにより、都から玉津島詣に
訪れる人が増え、たくさんの和歌が奉納されました。



紀三井寺から見えていたのが和歌の浦。
天気のせいでイマイチの眺望だったのが残念です。

和歌の浦はすぐ近くですが、いったん和歌山ラーメンを求めて市内を彷徨い、
和歌山ラーメンを食して戻ってきました。

元々、島だったという玉津島神社は海沿いです。

和歌浦 (80)

こんな天気ですが、参拝者はけっこういます。さすが景勝地。
鳥居の前に駐車場があります。

和歌浦 (81)

玉津島神社の由緒。

神代の時代から神聖な場所とさていたようです。
息長足姫尊(神功皇后)が出兵の際、稚日女尊(天照大神の妹で
後に丹生津姫とも呼ばれます)が霊威をあらわされたため、崇拝し祀ります。

後に神功皇后自身も卯の年、卯の月に玉津島社に合祀されました。
平安時代に第58代光孝天皇によって衣通姫尊(和歌の神様)が
合祀されました。

和歌浦 (83)

拝殿は新しいです。

参拝者がわりと多かったのと、天気が悪かったので、
ものすごく写真が少ないですーー;

神亀元年(724年)10月、即位したばかりの聖武天皇が和歌の浦に行幸し
その景観に感動、この地を守るため守戸を置きました。
この時同行した奈良時代の歌人山部赤人の詠んだ歌で玉津島神社は有名になります。
「神代より しかぞ尊き 玉津島山」
もっと長い歌なんですけどね。

和歌浦 (86)

本殿は見えません。
HPにはとても美しい本殿の写真が載っています。
遠くからでもチラッとでも見えるようにして欲しいよ~~~

和歌浦 (82)

本殿の写真が載ってます。

豊臣秀吉が紀州平定の後、参拝して和歌浦から和歌山と名付けたそうです。

関ヶ原の戦いの後、紀州に入国した浅野幸長が慶長11年(1606)に再興、
その後、紀州初代藩主徳川頼宣が整備しました。

残念ながら現在の本殿は当時のものではありません。

和歌浦 (84)

屋根付きで保存されていたので写真を撮った根上り松。

さて衣通姫(そとおりひめ)ですが、和歌が優れ、絶世の美女で、
その美しさが衣を通して輝くことからこの名の由来となっています。

ちょっと興味深い姫で、生きた時代は古墳時代。
玉津島神社の由緒では允恭天皇の后となってますが、古事記や日本書紀では
皇女とか允恭天皇の后の妹になっています。
どちらの衣通姫も幸せではないお方です。

前回の泉州巡りで泉佐野市に茅渟宮(ちぬのみや)跡がありました。(行ってないけど)
ここは衣通姫の住まいであり、姫はここで恋しい人をひたすら待つ日々を
送っていたという事らしいです。(日本書紀の話)

和歌浦 (87)

奠供山(でんぐやま)への登山口。
5分ほどで登れる山で、頂上からは和歌の浦が見渡せるそうですが、
この天気で眺望は期待できないし、石は滑りそうなので登山は断念。

和歌浦 (88)

万葉の時代の玉津島六山(妹背山、鏡山、奠供山、雲蓋山、妙見山、船頭山)は、
潮が引くと陸続きになり、満潮時には海に浮かぶ島となったといわれています。

聖武天皇はこの奠供山に登り、その景観に深く感動し、
玉津島を守るように詔を発したそうです。

この絵のように、江戸時代には山の上に拝所が建てられました。

和歌浦 (89)

金高稲荷社。

この後、社務所でご朱印を頂きました。

玉津島神社朱印

玉津島神社の御朱印。

塩竈神社朱印

境外社の鹽竃神社の御朱印。
この後、参拝に来ます。

和歌浦 (90)

境内の外に出てきました。
玉津島の六つの島のうち、現在の唯一の島である妹背山です。

和歌浦 (91)

江戸時代にはほとんどの島が繋がっていたような絵ですよね。

和歌浦 (93)

妹背山は海禅院というお寺で、もちろん参拝に行くつもりでした。
が、この通り、行けません><
昨年の台風辺りにやられたんでしょうかねぇ。
次回に来る時までには修理できてるかしら。。。

和歌浦 (94)

ここの広場はかつて芦辺屋・朝日屋という茶屋がありました。

和歌浦 (92)

紀州初代藩主徳川頼宣は海禅院(生母を祀る)のある妹背山を整備し、
鏡山の麓に芦辺屋・朝日屋という茶屋を作らせました。

かつてはここから船で紀三井寺へ渡ったそうです。

和歌浦 (97)

何を撮りたかったのか、謎な写真ですが、左に移る岩山が鏡山です。

和歌浦 (96)

鏡山の岩の窟に鹽竃神社(しおがまじんじゃ)があります。
安産・子授けの神様です。

祭神は鹽槌翁尊(しおづちのおじのみこと)。
古事記の「海幸彦、山幸彦」に登場する神様です。

和歌浦 (95)

元は玉津島神社の抜所で、輿ノ窟(こしのいわや)と呼ばれていました。
かつて浜降り神事の際に神輿が奉置される場所であったので輿ノ窟というそうです。

浜降り神事は稚日女尊の別名である丹生都比売大神がかつらぎから神輿に乗って
紀の川を下りここから上がって玉津島神社を経て日前宮へと御行してゆく神事です。
今は丹生津比売神社だけで行われるそうです。

和歌浦 (98)

なんだ?と思う写真ですが、道路の向こうの石橋を撮りたかったんです;;
不老橋という重要文化財です。
紀州藩10代藩主であった徳川治宝の命により嘉永4年(1851年)に完成した石橋です。

今も渡れるのかな?次に行ったら渡りたい!

和歌浦 (99)

ここで玉津島神社の境内に戻って参拝を終えたのですが、
なんだか中途半端な参拝となってしまいました。

とにかく今度は晴れた日に来たいです。

 玉津島神社 HP >>

次はすぐ近くの和歌浦天満宮へ行きます。

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Author:じゅみーcoco
伊勢神宮の近所で生まれ育って
現在、伊勢の隣の町に在住。

忙しかった子育ても一段落。
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歴史の舞台、遺跡etc
あちこちお出かけするぞ~~
御朱印ももらっちゃうもんね^^

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