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伊賀忍者回廊 巻之4-拾陸

福地氏の祈願寺の萬壽寺  2018-9-23参拝  2018-12-29

四回目の伊賀忍者回廊の朱印巡りは北伊賀方面へ行って参りました。

本日のコース
諏訪神社(諏訪)→西音寺→佐々神社→長谷製陶(伊賀焼の窯元)→
諏訪神社(丸柱)→穴石神社→息障寺(甲賀市)→玉瀧寺→
宇都可神社→玉瀧神社・普賢院→手力神社(札所)→正覚寺(札所)→
徳永寺→福地城跡(芭蕉公園)→萬寿寺→西光寺→
春日神社・春日寺(札所)→敢國神社(札所)→大光寺(札所)

徳雲山 萬壽寺 まんじゅじ。

創建は不明です。
が、前身である「徳雲山長福寺」は西大寺の末寺で
少なくとも鎌倉時代以前の創建と考えられます。

福地氏の祈願であり、福地氏の一族の松尾芭蕉の松尾家の菩提寺でもあります。
柘植のこの辺が松尾芭蕉の生誕の地と言われています。
(他にも伊賀上野の赤坂町の説もあり)



福地城のすぐ前に福地氏の祈願寺の萬壽寺があります。
先に行った徳永寺も福地氏のお寺でしたけどね。
有力な一族はいくつもお寺を持っているものなんですね。

伊賀回廊4 (163)

昼下がりのお寺は人の気配が全くありません。
ご住職はお彼岸の法事に出かけたのかな?

伊賀回廊4 (174)

本尊の木造延命地蔵菩薩坐像は南北朝時代の作で国の重要文化財です。
また、不動明王が平安時代末期のものであることが確認されました。

伊賀回廊4 (164)

地蔵菩薩を彫った仏師の寛慶と忍慶の親子は椿井仏所という奈良を中心に
活躍した仏師集団だそうで、父の寛慶は興福寺の吉祥天倚像や法隆寺上堂の四天王像などを
手がけたそうです。

都の凄い仏師の作ってことですね。
拝めないのが残念ですね~

伊賀回廊4 (165)

この地蔵菩薩の体内からは「ふくちの御てら」と
書かれた南北朝時代の文書が見つかっています。

これは「やなき」という女性から「ふくちの御てらの了賢房」へ宛てた書状があり、
了賢房はやなきの子で、いずれも福地氏の一族と推定されます。

伊賀回廊4 (168)

観音堂。
前身の長福寺の時に造られた鎌倉時代のお堂で、
伊賀では最古の建物なんですって。

伊賀回廊4 (169)

ちょっと読みにくいですねぇ。

聖観音菩薩と不動明王と毘沙門天が安置されていましたが
昭和7年の火災で一部損傷があったと書かれています。

全焼じゃなくて良かったです。

伊賀回廊4 (170)

祠が二つ。

伊賀回廊4 (172)

松尾芭蕉の墓碑があります。

伊賀回廊4 (171)

こちらも読みにくいですね。
松尾一族のお墓が残っています。

伊賀回廊4 (173)

無縁仏。
忍者として生きた人々のお墓かな?と思ったりするのですが、
それ程古くなさそうかな?

なんでも忍者と結びつけたくなるのですが、普通の人たちだったかもしれませんね。

 萬壽寺 伊賀市柘植町7373

次は柘植一族の墓所がある西光寺へ行きます。

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tag : 伊賀 忍者回廊 忍者 福地氏 萬壽寺 万寿寺 松尾芭蕉

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Author:じゅみーcoco
伊勢神宮の近所で生まれ育って
現在、伊勢の隣の町に在住。

忙しかった子育ても一段落。
行きたかった神社、お寺、
歴史の舞台、遺跡etc
あちこちお出かけするぞ~~
御朱印ももらっちゃうもんね^^

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