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伊賀忍者回廊 巻之4-拾伍

福地氏の城館跡  2018-9-23参拝  2018-12-28

四回目の伊賀忍者回廊の朱印巡りは北伊賀方面へ行って参りました。

本日のコース
諏訪神社(諏訪)→西音寺→佐々神社→長谷製陶(伊賀焼の窯元)→
諏訪神社(丸柱)→穴石神社→息障寺(甲賀市)→玉瀧寺→
宇都可神社→玉瀧神社・普賢院→手力神社(札所)→正覚寺(札所)→
徳永寺→福地城跡(芭蕉公園)→萬寿寺→西光寺→
春日神社・春日寺(札所)→敢國神社(札所)→大光寺(札所)

福地城跡。

福地氏は柘植一族です。
柘植の有力な国人「柘植三方(日置氏・北村氏・福地氏)」と呼ばれました。

天正伊賀の乱では織田信長に味方し、信長の死後は裏切り者として責められ、
伊賀の国を後にしました。

松尾芭蕉は福地氏の出身なので、福地城跡は芭蕉公園として整備されました。



柘植の町の奥の方とうか、山の方の突き当りにあります。
すぐ横を名阪国道が通っています。

伊賀回廊4 (155)

お城の入口っぽいですね。
前に行った百地砦はもうただの山に見えました。
他にも調べた忍者の城塞も全部、土塁や空堀が残っている程度でした。

石段が残っています。

伊賀回廊4 (156)

と言う事で福地氏は柘植郷で有力な土豪でありました。

伊賀回廊4 (157)

石垣もあります。

伊賀回廊4 (162)

この石垣は本当にお城ですね。
福地氏はかなりお金持ちの一族のようですね。

伊賀回廊4 (158)

福地氏は柘植氏の分家のようです。
なんでも伊勢平氏の末裔になるらしいです。

伊賀回廊4 (159)

右端にある屋根は井戸です。
ここには館が建っていたのかな?

伊賀回廊4 (160)

石碑がたくさん建っています。

天正9年(1581年)の第二次天正伊賀の乱では、織田信長に味方し、勢力を拡大させます。
が、本能寺の変で信長が死去すると生き残りの忍者たちに裏切り者として責められます。

信長軍は無差別に殺戮を行ったわけですから、その手引きをしたとなると
そりゃあ恨まれますよね。
福地氏は伊賀に居られなくなり、伊賀の隣の加太(亀山市)へ逃れることとなります。

伊賀の忍者はどっちに転んでも悲惨な結果になってます。
どうすれば危機を上手く乗り越えられてんでしょうね?

伊賀回廊4 (161)

芭蕉翁生誕の碑も建っています。
松尾芭蕉は福地氏の一族で、柘植郷で生まれたと言われています。(諸説あり)

福地城跡のすぐ前にある福地氏の祈願寺であった萬寿寺へ行きます。

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tag : 忍者 伊賀 忍者回廊 福地 城跡 柘植 芭蕉公園 松尾芭蕉 天正伊賀の乱

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伊勢神宮の近所で生まれ育って
現在、伊勢の隣の町に在住。

忙しかった子育ても一段落。
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あちこちお出かけするぞ~~
御朱印ももらっちゃうもんね^^

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