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風猛山 粉河寺 後篇

古い逸話の残る 粉河寺 後篇  2018-9-28参拝  2018-10-19

今回は和歌山の紀の川が流れる周辺を訪問。
時間がなくて宝来山神社と粉河寺へ行きました。

風猛山(ふうもうざん)粉河寺(こかわでら)
西国三十三所第三番札所

伝承によれば創建は宝亀元年(770年)。
草創の縁起を伝える「粉河寺縁起絵巻(鎌倉時代)は国宝です。
この縁起絵巻が残っていることで、興味深い逸話が現在に伝えられています。

ご本尊は絶対秘仏の千手千眼観世音菩薩像。
お前立すら秘仏。お前立の意味がない。。。


後篇は立派な中門をくぐった所からです。

紀の川 (52)

重要文化財の中門。
中門には四天王像が安置されています。

紀の川 (56)

中門をくぐると丈六堂があります。

紀の川 (58)

紀の川 (57)

一丈六尺の阿弥陀さん。
色がハゲハゲなのが悲しいです。塗り直してピカピカなのもどうかと思うけど。
人は我儘なものです^^;

紀の川 (59)

丈六堂の隣は地蔵堂。

紀の川 (60)

名勝庭園。桃山時代。

そんな有名な庭園とは思わなかったので、こんな写真しかないです。
私の感想としては、男性的と言うか「いかつい」印象です。
「びっしり石が詰め込んである」ので、庭園と言うより変わった石垣かと思った。

紀の川 (61)

やっと本堂です。

紀の川 (67)

本堂も重要文化財。
享保5年(1720年)に建立。

紀の川 (62)

大きいなと思ったら、西国三十三所の寺院の中で最大級の堂だそうです。

絶対秘仏のご本尊、千手千眼観世音菩薩像は本堂の内々陣の地下に
素焼きの容器に納められ、埋められているそうです。
大きさは一寸八分(約5.4cm)なんですって。

紀の川 (71)

本堂で御朱印を頂きます。
そして、内陣の拝観をお願いしました。400円。

粉河寺朱印

御朱印。300円。

紀の川 (63)

内陣に入ってもご本尊はもちろん、お前立も秘仏で、目に触れることはありません。
普段は二十八部衆と風神雷神を拝めるのですが、
私が行った時は風神雷神が修理中でした;;

国宝の粉河寺縁起絵巻も京都国立博物館にあります。

紀の川 (64)

縁起絵巻の物語は、、、

宝亀元年(770年)のある日、猟師の大伴孔子古は、
山中に不思議な光を発する場所を見つけて、そこに小さな庵を営んだ。
その後、童男行者が訪ねてきて一夜の宿を頼んだ。
孔子古が泊めてあげると、お礼にと、庵に籠り7日かけて千眼千手観音像を刻んで
姿を消した。孔子古は殺生をやめ観音信仰をするようになった。

紀の川 (65)

縁起絵巻の二つ目の逸話、、、

時は移り、河内国の長者・佐太夫の娘は重い病で苦しんでいた。
どこからともなく現れた童男行者が千手千眼陀羅尼を称えて祈祷したところ、
娘の病は全快した。

長者がお礼にと申し出た財宝を断り、娘が提鞘(さげざや、小太刀)と緋の袴だけを
受け取り、「紀伊国那賀郡粉河の者だ」とのみ告げて立ち去った。

紀の川 (66)

翌年春、長者一家が那賀郡を尋ねて行くが、探しあぐねていると
流れる小川の水が米のとぎ汁のように白いのに気付き、
川を遡っていくと庵を発見した。

小さな庵には千手観音像が立ち、観音の手には娘の提鞘と緋の袴があった。
長者一家は、あの行者が観音の化身であったことを知ってその場で出家し、
孔子古とともに粉河寺の繁栄に尽くしたとのことである。

紀の川 (70)

河内の長者とは、東大阪市足代の名家、塩川家がそのご子孫です。
凄いね~奈良時代から続く家柄なんて。

うん?「塩川家」?塩川。。。聞いたことがある苗字。
もしかして?そう!あの塩爺こと元衆議院議員の塩川正十郎さんの家です。
おお~~~なんか凄い~~~!

紀の川 (69)

山門の所に塩川家が巨額の寄付をした石碑があるらしいです。
現在でも粉河寺を信仰しているんですね。

紀の川 (68)

本堂の脇にある六角堂。享保5年(1720年)建立。
西国三十三観音が安置されています。

手前にある木が湯浅桜。
紀州(現、和歌山県)湯浅の住人、藤原宗永が粉河寺の本尊のお告げで本堂の
辰己(東南)の方向に植えたとされています。

紀の川 (72)

巨大なクスノキ。「踞木地のクスノキ」と呼ばれています。

紀の川 (73)

クスノキの説明。
大伴孔子古が踞(うずくまる)って獲物を狙っていたという木。

凄い木があるじゃん!と思ったら推定樹齢は300年くらいだそうです。
大伴孔子古が生きていた頃にあった木ではないわけです。

紀の川 (74)

鐘楼。

紀の川 (75)

薬師堂。

紀の川 (77)

ずんずん奥へ進んでいくとお地蔵さん。

紀の川 (79)

まだ奥があります。門が見えます。

紀の川 (80)

こちらは十禅律院。
文化財もたくさんあるお寺です。

紀の川 (81)

築地門。

紀の川 (82)

十禅律院は平安時代の正暦元年(990年)石崇上人によって創建されました。
粉河寺の塔頭でしたが、寛政12年(1800年)、紀州藩10代藩主徳川治宝により
天台宗の寺院に改宗して、十禅律院として粉河寺より独立しました。

紀の川 (84)

本堂。

「東大寺の覚峯が、後に建立する宝鐸院の堂塔を飾る長さ1尺6寸余の宝鐸を
地中に発見した場所としても知られる。」だそうです。

紀の川 (83)

拝観200円と書かれていましたが、もう時間がありません;;
多分、御朱印もあったんじゃないかと思いますが、
後ろ髪を引かれる思いで、粉河産土神社へ向かいます。

紀の川 (102)

粉河産土神社は次に記事を書きます。

紀の川 (107)

千手堂。重要文化財。
宝暦10年(1760年)の建立。

紀の川 (106)

紀州徳川の保護を受けたんですね。

紀の川 (105)

千手堂の本尊は千手観音像。
こちらの観音さんも秘仏なんですが、2008年10月1日から10月31日までの間、
217年ぶりに開扉されたそうです。

今日はピッタリ扉がしまってまして、中の様子もわかりません。

紀の川 (108)

日差しも夕日っぽくなってきました。
車で通り過ぎた山門へ行きます。

参道の横に流れる川は、1300年前に白い水が流れた川でしょうか?

紀の川 (114)

立派な楼門。重要文化財。
和歌山県では、高野山・根来寺に次ぐ大きさです。

紀の川 (113)

説明。
宝永4年(1707年)建立。

紀の川 (120)

仏師春日作と伝えられる金剛力士像。

紀の川 (121)

睨みを効かせる仁王像。

紀の川 (119)


紀の川 (111)

真っ直ぐ街へ延びる参道。
門前町は歩いてないのですが、古い雰囲気はなさそうです。

 粉河寺 HP >>

ただ、地図を見ると周りにはお寺や神社がいっぱいあります。
時間があったら一つ一つ訪問してみたいです。
きっと逸話や古いお宝をお持ちでしょうね。

  粉河寺 後篇 終わり。

この後、本当は根来寺へも行くつもりでいたんです。
とてもじゃないけど、時間が足りませんでした。
根来寺はまた今度!

記事は次に粉河産土神社を書きます。

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Author:じゅみーcoco
伊勢神宮の近所で生まれ育って
現在、伊勢の隣の町に在住。

忙しかった子育ても一段落。
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歴史の舞台、遺跡etc
あちこちお出かけするぞ~~
御朱印ももらっちゃうもんね^^

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