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世界遺産の西本願寺

親鸞聖人の浄土真宗の西本願寺 2017-12-9参拝 2018-1-17

昨年の参拝記事です^^; 旅の友はOさん。
教王護国寺(東寺)と塔頭の観智院、龍谷山本願寺(西本願寺)、
この二つのお寺だけを1日かけて参拝しました。

浄土真宗本願寺派 本山 龍谷山本願寺。
「西本願寺」または「お西さん」と呼ばれます。

「西」と言われるには当然、東もあります。
東本願寺が300mくらい離れた所にあり、行きたかったんですが時間切れ;;

西本願寺には国宝が多数あります。
そして、拝観料は無料です。
私が行った日はイベントが開かれており、学生や若い人がたくさんいて
お寺とは思えないくらい活気がありました。


東寺からOさんとおしゃべりしながら西本願寺まで歩きました。
大宮通りは都会の道なんですが、所々に残った古都の名残を探しながらの散策です。

東寺・本願寺 (69)

北小路に通りに入ると静かなお寺の通りとなります。
西本願寺の周辺には龍谷大学(西本願寺設立)の施設もたくさんあります。
1922年に設立された大学だけあって、建物がレトロで良い感じです。

東寺・本願寺 (70)

大玄関門。玄関だけど、閉まってます。

前をゆくおばさんたちも入り口を探して彷徨ってます^^;
入口はぐるっと回った堀川通の御影堂門ですよ~

東寺・本願寺 (71)

大玄関門の横にある国宝の唐門。
私はこの門を外から見たくて、こちらへ来たんですよ!
どう?綺麗ですよね~美しい~前の赤い柵、邪魔!

東寺・本願寺 (72)

この華麗な門は、桃山時代の伏見城の遺構と言われています。
眺めていると日が暮れるのを忘れると言われ、日暮門とも呼ばれます。

東寺・本願寺 (73)

総漆塗りの豪華な門は秀吉らしいかも。

東寺・本願寺 (74)

この門だけで、どんだけでも写真を撮ってしまうわ。
確かに細部まで見ていたら日が暮れるかも?

東寺・本願寺 (75)

左が西本願寺の塀、右は興正寺の塀。
突き当りが北小路門で、その向こうが堀川通(国道1号)。

時間があったら興正寺も行きたかったんですが、全く時間なし。

東寺・本願寺 (76)

堀川通に出ると西本願寺の前には堀がありました。
なるほど~だから堀川通なんだ~水は流れてないけど。

東寺・本願寺 (78)

御影堂門。重要文化財。
1859(安政6)年に大阪の講社(こうしゃ)が担当し修理。

東寺・本願寺 (80)

写真では分かりませんが、なかなかに大きな威厳のある門でした。

東寺・本願寺 (79)

堀川通(1号線)を挟んで御影堂門の向かいにあるのが総門。
こちらも重要文化財。

この門をくぐってまっすぐ行くと東本願寺に着きます。

東寺・本願寺 (81)

国宝の御影堂。寛永13年(1636年)の再建。
ご本尊は親鸞聖人。

もの凄く巨大なお堂です。
東西48m、南北62m、高さ29mで世界最大級の木造建築です。

残念なことに正面からお堂をちゃんと撮った写真がないです><

東寺・本願寺 (103)

御影堂と廊下で繋がっているのが、国宝の阿弥陀堂。
ご本尊はもちろん、阿弥陀様。
宝暦10年(1760年)の再建。

こちらも巨大なお堂です。
東西42m、南北45m、高さ25mです。

御影堂同様に正面から撮った写真がないです><なんで???

東寺・本願寺 (85)

ぜーんぶ落ちたイチョウの葉。正に黄色い絨毯。
こんなものは写真に撮ってるーー;

さてさて、本願寺の歴史はややこしいです。
西と東に分かれているのは、東寺と西寺のように各方面を守る為ではないです。
権力争いの末の分裂です。

東寺・本願寺 (86)

常夜灯を支える天邪鬼。 こんなものも撮ったのにねぇ ;;

浄土真宗は鎌倉時代の僧・親鸞聖人が宗祖ですが、親鸞は新しい宗派を開いた
つもりはなく、彼の没後、浄土真宗ができたんだそうです。

その親鸞聖人は東山の清水寺の近くの大谷本廟で眠っています。

東寺・本願寺 (87)

御影堂に上がってお参りします。

親鸞の没後、親鸞の娘の覚信尼が大谷廟堂を建立します。
ここから親鸞の血縁者で権力争いが起こります。
争いに敗れた人が大谷廟堂を破壊して鎌倉へ逃げるという事件も発生します。

東寺・本願寺 (88)

天井が高く、重厚な造りの御影堂。剛健質実って言葉が似合います。

元亨元年(1321年)、覚如(親鸞の曾孫)は比叡山の反対により設立できなかった本願寺を
ついに寺院として成立させます。(大谷本願寺)
しかしながら京都ではお寺を存続させるのは難しく衰退していきました。

東国、北陸では力を伸ばしていました。

東寺・本願寺 (89)

外観と違って堂内は豪華です。
1200名入れる外陣は畳441毎が敷かれています。

寛正6年(1465年)、大谷本願寺は延暦寺西塔の衆徒によって破却されます。
文明3年(1471年)、第八世の蓮如は京都から近江に、そして越前吉崎に移ります。
文明15年(1483年)、蓮如は京都に戻り「山科本願寺」を落成させます。
明応6年(1497年)、蓮如は隠居所として、大坂石山に坊舎(大坂御坊)を建立します。
明応8年(1499年)3月25日、山科本願寺にて蓮如入滅。

東寺・本願寺 (90)

薄暗いので見にくいですが、図柄も彩色も美しいです。

戦国時代に入ると各地の門徒が一揆を起こします。
この頃になると勢力を持った本願寺も、もう軍隊のようです。
享禄5年(1532年)には、日蓮宗徒と近江の六角定頼の連合軍によって、
大津顕証寺、次いで山科本願寺を焼失します。

武将か寺の門徒かってくらい勢力があったんですねぇ。
そう言えば、お寺の勢力は奈良時代から凄かったですね。

東寺・本願寺 (91)

襖絵も欄間?の絵も素敵です。
これだけ大きなお堂ですので、他にも絵はたくさんありました。

山科本願寺を失い、寺基を大坂石山の「大坂御坊」へ移し、「石山本願寺」となります。
元亀元年(1570年)、織田信長が退去を命じたことを起因に、
約10年にわたる「石山合戦」が始まります。

天正8年(1580年)退去説得に応じ「石山本願寺」を信長に明け渡し、
その直後に「石山本願寺」に火が放たれ灰燼と化します。

現在の大阪城の下には秀吉の大阪城の遺構があり、
その下には本願寺があるんですね。

東寺・本願寺 (93)

御影堂と阿弥陀堂を繋ぐ渡り廊下。

石山本願寺のあと、大坂天満本願寺などいくつかの場所へ移りますが、
天正19年(1591年)、豊臣秀吉から寺地の寄進を受け京都へ戻ります。

これでめでたしかと思いきや、10年に渡る石山合戦で内紛していたんですねぇ。
親子兄弟の中で穏健派と強硬派に分かれ、ついに西と東に分かれたわけです。

慶長8年(1603年)、真宗大谷派の東本願寺が出来ました。

東寺・本願寺 (95)

阿弥陀堂。ぱっと見は見え堂と同じ。

ちょうどイベントが行われていました。

東寺・本願寺 (96)

映像とピアノの演奏でした。
しばらく聴き入っていましたが、何分時間がないので途中で退席。

多分、龍谷大学の学生かな?若い人がスタッフとして頑張っていました。

東寺・本願寺 (97)

重要文化財の経蔵。

中には天海僧正が12年かけて完成させた大蔵経(一切経)が納められています。

東寺・本願寺 (84)

境内にはイベントのブースがたくさんありました。
いろいろ覗いてみました。
お寺のイベントらしく、スピリチュアルなものや海外貧困の援助活動などがありました。
若い人の運営が多く、今の若者もがんばってるじゃんと思いました。

東寺・本願寺 (102)

境内をふらふら歩いていると、普段公開されていない書院が
15時から特別公開されることが分かりました。
これを逃す手はない、と言う事で休憩所で時間までお茶を飲んで休みます。

休憩所で休んでいましたら、「お坊さんとお話ができるんですが、どうですか?」と声を掛けられました。
あまり時間がなかったので、断りましたが、辺りを見回すと袈裟を着たお坊さんと話し込んでいる人がたくさんいます。

なるほどね、悩みや相談事があるなら無料でお話しできるんですね。
話すだけでもスッキリすることって有りますものね。
でも、うちから遠いんだよね~京都。

東寺・本願寺 (101)

そうこうしている内に時間になったので書院へ。
こちらも拝観は無料です。

ここの中はすべて国宝です。
対面所とその周辺の間、白書院、黒書院、南北の能舞台。
襖絵や天井絵など、金箔をふんだんに使った豪華絢爛な部屋ばかりです。

お坊さんが説明してたので、よく分かり有難かったです。
写真を撮れないのが残念です。

東寺・本願寺 (94)

そろそろ西本願寺を後にします。
御影堂門の横の阿弥陀堂門から出ることにします。

東寺・本願寺 (100)

重要文化財の阿弥陀堂門。
この門も人と比べると巨大な門であると分かります。

見逃したものがあるような気がしますが、時間ですので帰ります。

 西本願寺 HP >>

本願寺は御朱印のない宗派です。
浄土真宗の中でも御朱印のある宗派もありますので、お間違えなく。

東寺・本願寺 (79)

京都駅へ行きますが、総門をくぐってみます。

東寺・本願寺 (105)

この通りは仏具屋さんだらけです。
この密度で潰れないなんて、さすが京都ですね。

東寺・本願寺 (104)

こちらのレトロな洋館は伝道院といい、本願寺の建物です。
説明は以下の通り。

東寺・本願寺 (106)

中には入れませんが、境内だけでなく、こちらもお忘れなく。

あと、龍谷ミュージアムという龍谷大学付属の博物館があります。
学生が運営しているようで、開いている期間は不定期で短く、
ちょうど私たちが行った時は閉まっていました。
こちらも無料らしいので、行ってみてもいいかもしれません。


今日は京都のお寺の中でも大きな東寺と西本願寺に行きました。
どちらも世界遺産で、国宝もたくさんあり見所満載で、非常に満足な旅でした。

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Author:じゅみーcoco
伊勢神宮の近所で生まれ育って
現在、伊勢の隣の町に在住。

忙しかった子育ても一段落。
行きたかった神社、お寺、
歴史の舞台、遺跡etc
あちこちお出かけするぞ~~
御朱印ももらっちゃうもんね^^

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