ひもろぎの山辺 7

国津神・倭大国魂神を祀る大和神社 2017-11-25参拝  2017-12-21

3週連続の奈良です。
山辺の道サイクリングのあと、車でさらに山辺の道を行きます。

本日のコース
天理市トレイルセンター→長岳寺→崇神天皇陵→景行天皇陵→各伝承地→
相撲神社→穴師坐兵主神社→檜原神社(元伊勢)→玄賓庵→大和神社
夜都伎神社→石上神宮→弘仁寺→安倍文殊院

大和神社 おおやまとじんじゃ。
最古級に古い神社です。

崇神天皇の時、宮中に祀られていた倭大国魂神は渟名城入姫 (ぬなきいりひめ)に
よって市磯邑へ遷され奉斎されました。(天照大御神は豊鍬入姫によって笠縫邑へ)
これが大和神社の始まりです。

倭大国魂神は国津神。氏神であり、国を守る神様です。
(天照大御神は天津神)
大和神社はみんなが歩く「山辺の道ハイキングコース」から少し外れます。
そのせいか、訪れる人も少なく静かな印象です。

山辺の道 (170)

一の鳥居。
駐車場はこの鳥居を車でくぐって、左側にあります。

車で入っていいのかな?と思って躊躇したけど、
この道以外、駐車場に入れる道はありませんでした。

山辺の道 (171)

倭大国魂神は「地」の神で、「天」の神の天照大御神と一緒に大切に祀られて
いた重要な神様なのに、何故か伊勢神宮と差がありますよね。

理由の一つに藤原氏の春日大社や興福寺の台頭があったようです。
藤原氏の社寺ににやられたのは大和神社だけでなく、石上神宮も大神神社も
神領を侵されました。
特に大和神社と石上神宮は全盛期の見る影もなく衰退してしまったそうです。

山辺の道 (172)

長い参道。遥か向こうに二の鳥居。

山辺の道 (173)

二の鳥居。衰退したとはいえ、立派な参道です。

何度も書いていますが、、、
日本書記に崇神天皇の代に国中に疫病が流行り多くの人民が死んだと記されています。
崇神天皇は「天照大神」と「倭大国魂神」という二つの神様を、宮中にて人と同じ場所で
お祀りしているのが原因だと考え、「天照大神」を皇女豊鍬入姫命に勅して倭の笠縫邑に、
「倭大国魂神」を皇女渟名城入姫命に勅して「大和神社」に奉遷したと伝えられています。

山辺の道 (190)

豊鍬入姫命が天照大御神を祀ったのが笠縫邑の檜原神社。(他にも比定地があり)
そして、渟名城入姫命が倭大国魂神を祀ったのが市磯邑(または穴磯邑)の
大市の長岡岬なんですが、実は場所は不明なんです。

いくつか候補があるそうですが、はっきりしません。

山辺の道 (180)

さてさて、倭大国魂神を託された渟名城入姫命ですが、奉斎に失敗します。
髪は抜け落ち瘦せ衰えてしまいます。

彼女はここから1kmほど離れた渟名城入姫神社に祀られています。
大和神社の境外末社です。今回は参拝してません;;

山辺の道 (179)

拝殿。優美な大きな屋根です。

渟名城入姫が奉斎に失敗したのち、倭迹迹日百襲姫命・大水口宿禰・伊勢麻績君の3人は
同じ夢を見ます。大物主神が、「大田田根子命を大物主神を祀る祭主とし、
市磯長尾市(いちしのながおち)を倭大国魂神を祀る祭主とすれば、天下は平らぐ」と告げ、
大田田根子を大物主神を祀る祭主に、市磯長尾市を大国魂神を祀る祭主にした所、
神は鎮まりました。

この話しに古代人の名前が出てきますが、それぞれ調べると興味深いのですが
長くなるので書くのは止めておきます。

山辺の道 (174)

拝殿より奥へは入れなかったので、拝殿越しの本殿です。
瑞垣があって本殿はほとんど見えません。

山辺の道 (177)

大和神社の神は倭大国魂神の一座だったと考えられていますが、
延喜式神名帳には三座とあり、延喜年間(901~923年)には三座が
祀られていたことになります。

山辺の道 (176)

お社は三つあり、日本大国魂大神(やまとおおくにたまのおおかみ)(中央)、
八千戈大神(やちほこのおおかみ)(右)、 御年大神(みとしのおおかみ)(向左)です。

交通安全の性格も持ち、遣唐使は大和神社で安全を祈願したそうです。
また「戦艦大和」の守護神にもなり、英霊も祀られています。

山辺の道 (182)

本殿は境内をウロウロして頑張って撮ったんだけど、これで精いっぱいーー;

今日、一番初めに行った長岳寺は大和神社の神宮寺として建立されました。
大和神社は長岳寺が建立された天長元年(824年)の頃には、
長岳寺の近くにあったと考えられています。
が、永久6年(1118年)の大火災とか、天正11年(1583年)の兵火で焼失とかの
記述もあって、いつこの地に遷ってきたのかも不明です。

でも、元伊勢のように広範囲に移動したのではなくて大和郷9ヵ村の中で
あちこちに伝承地があります。

山辺の道 (175)

龍の絵馬。

火災で御神体まで焼けたそうなので、古文書も全部焼けたんでしょうね。
残念ですね。

山辺の道 (184)

高龗神社。たかおおかみじんじゃ。
もの凄い画数の漢字です。

水の神様で、龍神です。
あちこちの神社で祀られている神様です。
こんな小さなお社なんですが、高龗神社は祈雨神祭について全国総本社なんですと。

山辺の道 (185)

商売と天候の神さまです。

「延喜式」には、丹生川上神社はこの神社の別宮と記されているそうです。
丹生川上神社は上中下と三社もある大きな神社です。
あの神社の元がここなんですね、さすが山辺、恐るべし。

 丹生川上神社の記事 上社 >>  中社 >>  下社 >>

山辺の道 (183)

丹生川上神社の創建が天武天皇の白鳳4年(675年)で、
長岳寺より以前に創建されていたと考えられますので、
この地は元々、高龗神社があって、そこに大和神社が遷ってきたのでは
ないかと言う説もあります。

山辺の道 (186)

大きな祈雨神祭が行われていたんですね。
大和神社のHPで祭典・神事を見たら、現在も6月1日に高龗神社の例祭がありました。

もっと立派なお社にしてあげてよ~と思います。

山辺の道 (187)

右から朝日神社、厳島神社、事代主神社。

山辺の道 (188)

磐座。何の神様が降りたんでしょう?
何も書いてないんだけど。

山辺の道 (189)

戦艦大和の展示館。
大きな模型がいっぱい奉納されていました。
戦争に関するものは、やはり重苦しい雰囲気を感じます。
大和神社には乗組員数2736名が祀られています。

山辺の道 (192)

増御子神社。
祭神は猿田彦神と天鈿女命。

山辺の道 (193)

この他にもお社はありました。
御旅所の歯定神社も行きたかったんですが、断念。

 大和神社 HP >>

大和神社

御朱印。授与所で頂きました。

山辺の道 (191)

次は夜都伎神社です。

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伊勢神宮の近所で生まれ育って
現在、伊勢の隣の町に在住。

忙しかった子育ても一段落。
行きたかった神社、お寺、
歴史の舞台、遺跡etc
あちこちお出かけするぞ~~
御朱印ももらっちゃうもんね^^

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