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奥三河探訪 1

三河国三ノ宮 猿投神社 2017-9-15参拝 2017-9-27

初めて奥三河の地へ足を踏み入れました。
猿投町から足助町を通り奥三河の山の中を走り抜け、
設楽町の田峰を訪ね、鳳来町へいきます。

本日の訪問コース
猿投神社→香嵐渓・香積寺→足助八幡宮→足助の町並み→足助城跡→
鳳凰山平勝寺→田峰観音→田峰城跡→煙巌山鳳来寺→鳳来山東照宮

猿投神社 さなげじんじゃ。
三河国の三ノ宮です。

創建が西暦200年あたりの古社です。
日本武尊の兄を祀る神社です。


三重県から三河は隣の県とはいえ、伊勢湾をぐる~と回ることになるので
すごく遠く感じるし、それなら近畿地方へ行こうとなってしまいます。

高速で行ける海沿いはたまに行くんですが、山の方は全く行ったことがなかったです。
わざわざ遠くへ行かなくても山なら周りにいっぱいあるので^^;

しかし、大好きなネット地図を眺めていて、空白地帯に行ってみよう!と思い立ちました。
山だらけで相方の好きなオフロードもあるようですし^^v

平日なので高速や名古屋の通勤渋滞を避けるため朝5時30分出発。
でもね~直行で行くと早く着き過ぎて誰もいなくて朱印がもらえないんですよね。

なので、途中で朝食を食べて豊田で通勤渋滞にわざと巻き込まれます。
ちょうど8時に猿投神社到着。

奥三河 (2)

一の鳥居が県道沿いにあります。朝の通勤の交通量は多いです。
通勤の人に見られながら写真をパチリ。

奥三河 (4)

立派な神門があります。
写真で見るよりも実物は大きいですよ。

神仏習合時代のお寺式の門が残っている神社はありますが、
神社らしい神式の門があるのは珍しいと思います。

明治33年に建立された総門です。

奥三河 (5)

ちょっと石が光ってしまって見にくいです。

祭神は大碓命 (おおうすのみこと)。
日本武尊の双子の兄です。

192年に仲哀天皇によって創建。
神社の背後の猿投山に東宮、西宮と大碓命の墓があります。
猿投山は展望が良く人気のハイキングコースらしいです。

奥三河 (6)

神門から続く静かな参道。

駐車場は神門の近くではなく、もっと奥の方です。
駐車場に停めてから神門をくぐりに来ました。

奥三河 (8)

なんとも気持ちのいい参道です。
地元の人や車できた参拝客も数人います。

奥三河 (9) 

馬。

奥三河 (10)

手水舎も大きくて立派。

奥三河 (11)

こちらは社務所と参集殿かな?
後で御朱印を頂きます。

奥三河 (12)

さっきとだいたい同じことが書いてありますが、宝物があるんですね。
神社の宝物って、殆ど見ることが出来ないよねぇ。

そして気になる猿投祭りと棒の手。
なかなか勇壮な祭りのようで、棒の手は棒を使った演舞みたいです。
棒を使って戦いを繰り広げる様子をネットで見ました。

三河って徳川家の出身地なだけあって侍の国って感じですね。

奥三河 (13)

お参りに行きます。大きな拝殿が正面に見えます。
拝殿は明治28年の建立です。

奥三河 (29)

横から見ると拝殿、四方殿、中門があってその中に本殿があります。

奥三河 (15)

太鼓殿。安政3年(1856)の建立。

奥三河 (30)

立派な拝殿ですね。

猿投神社を建立した仲哀天皇は日本武尊の子供です。
祭神の大碓命は伯父さんですね。

古事記や日本書紀では大碓命は双子の弟の小碓命(日本武尊)に殺されます。
しかも大碓命は卑怯な悪い奴みたく書かれていて、小碓命は乱暴者で父の景行天皇に
疎まれたように書かれています。

なんだかね~な兄弟です。。。神話ってこんなもんでしょう。

奥三河 (14)

前から見た拝殿。

神社の縁起書(779年に大伴家持、阿部東人による調査書)には、
景行天皇52年(122年)猿投山中で毒蛇に嚙まれて死に、山頂に葬られたとあります。

779年の調査もあんまり信用できないし、よく分からないってことで。
だいたい実在の人物かも不明だし。

奥三河 (18)

四方殿。安政4年(1857)建立。
四方殿と言う建物の名前は初めて聞きました。
今までもあったのかもしれませんが、勝手に拝殿とか舞殿と思っていたのだと思います。

お祭りの時に使うらしいです。

奥三河 (16)

明治に建てられた拝殿はスッキリと機能的なんでしょうけど、
江戸時代のこの四方殿は無駄に飾りがあって(無駄じゃないかもしれないけど)、
なにやら優雅に見えます。

スポンサーがいて江戸時代の職人が腕を振るったって感じです。

奥三河 (19)

中門。安政3年(1856)
こちらも屋根のカーブや彫刻が素敵です。

奥三河 (17)

いつものように覗いてみました。
格子だらけです;;

奥三河 (22)

獅子と象。

奥三河 (21)

猿投神社では左鎌の絵馬を奉納します。
これも祭神の大碓命に由来します。

奥三河 (20)

しばしば左鎌の奉納を見ます。
初めはなんだろう?鎌の神様?と思ったけど、大碓命に由来するものが多いです。
古文献にはあまり良い風に書かれていない大碓命を崇めるのはなんででしょう?

奥三河 (23)

本殿の横に並ぶたくさんの境内社。

奥三河 (24)

中門から続いた建物。
何をするのかなんて言う建物か不明。。。

しかし賽銭箱と猿の彫刻があります。

奥三河 (25)

猿の彫刻。

さて、猿投(さなげ)の地名ですが、社蔵縁起書に景行天皇(日本武尊の父)が
伊勢に行った時、可愛がっていた猿が悪戯ばかりするので、
怒った天皇に伊勢の海に投げられたそうです。
その猿は鷲取山に隠れ住みました。
その後、猿は日本武尊の東征の時に山からやって来て尊に従い、
平定の後、恩を返したと山に帰って行きました。

その猿が隠れ住んだ鷲取山が猿投山となりました。

なんかツッコミ処が満載ですが、言い伝えなんてこんなもんでしょう。
注:これは一説で他にも説はたくさんあります。

奥三河 (27)

猿投山から流れる水も豊富です。

奥三河 (28)

もしかして滝行もできる?

奥三河 (31)

左鎌は仕事関係のお守りなんですね。

奥三河 (32)

御朱印を頂きます。
朱印帳も朱印袋もあります。

猿投神社

御朱印。左鎌のハンコがあります~

 猿投神社 愛知県豊田市猿投町大城5

奥三河 (33)

駐車場の横にあった建物。
覗いたらリヤカーなど道具が入っていました^^;

猿投神社の奥には元々神宮寺だった東昌寺もあります。
明治の神仏分離で16坊が廃絶、境外にあった東昌寺だけが残ったそうです。
今回は時間の都合で諦めました。

次は紅葉で有名な足助町の香嵐渓に行きます。
もちろん、深緑のもみじね。

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tag : 三河 猿投 猿投神社 猿投山 日本武尊 大碓命 仲哀天皇 景行天皇 左鎌 朱印

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じゅみーcoco

Author:じゅみーcoco
伊勢神宮の近所で生まれ育って
現在、伊勢の隣の町に在住。

忙しかった子育ても一段落。
行きたかった神社、お寺、
歴史の舞台、遺跡etc
あちこちお出かけするぞ~~
御朱印ももらっちゃうもんね^^

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