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長崎母娘旅 10

国宝の唐寺 崇福寺 2023-10-2参拝 2024-1-16

冬らしい寒い日になってきました。
被災地では雪が降って、被災者の方々は寒い中で
ますます心寂しく不安な日々を送られている事でしょう。

この地震は伊勢方面でも結構長く揺れて、ついに南海トラフ地震か!?って
思って、机の下に隠れるか外に出た方が良いかと焦りました。
明日は我が身と言う言葉が身につまされます。


10/1
伊丹空港→長崎空港→長崎駅前→福済寺→聖福寺→諏訪神社→松森天満宮→
稲佐山山頂展望台→稲佐山観光ホテル

10/2
稲佐山観光ホテル→中華街→清水寺→八坂神社→崇福寺→カフェ自由飛行→
大音寺→眼鏡橋→興福寺→大浦天主堂→グラバー園→中華街→カンデオホテルズ

10/3
カンデオホテルズ→出島→長崎駅前→長崎空港→関西国際空港

- 崇福寺 そうふくじ - 

創建は寛永6年(1629年)。
長崎で貿易を行っていた中国・福建省出身の唐人により、
福州から唐僧の超然が招かれて創建されました。
長崎の唐寺は、媽祖(=海の守護神)をまつる媽祖堂を持っているそうです。

長崎の四福寺に数えられ、国宝が二つもある唐寺です。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


八坂神社の隣の崇福寺へ来ました。
山門が八坂神社から離れているので150mばかり歩きました。


2023長崎 (208)

おお~~~中国的な竜宮門!
国の重要文化財です。


2023長崎 (209)

狛犬さんも何やら異国情緒漂う雰囲気。


2023長崎 (211)

説明によりますと、嘉永2年(1849年)4月に日本人の棟梁大串五郎平が建設しました。
日本人が造ったんですね~竜宮門はあちこちで見ますものね。
ただ、赤いのは初めて見たんじゃないかな?

元の門は火災や風災で倒壊と書かれています。
どんな門が建っていたんでしょうね?


2023長崎 (212)

両脇に小さな入口が二つあります。

左の門は「如意」と書かれています。
「如意」とは「思いのまま」と言う意味があるそうです。


2023長崎 (213)

右は「吉祥」と書かれています。
「吉祥」は「めでたい兆し」と言う意味があります。


2023長崎 (256)

扉に付けられたこの獣は、獣環(じゅうかん)と言うそうで、
中国ではよく見られる獣だそうです。

前に盗まれたことがあって、無事戻って来たのですが、
現在、ここに嵌めてあるのはレプリカだそうです。


2023長崎 (255)

門の天井絵。

ほとんど見えないんだけど、どうやら龍が描かれていたようです。
カラフルな彫刻はシャチです。

2回も火災で焼失したので、火災から守る為、
鯱(シャチ)または魔伽羅(まから)を飾りました。

シャチ(マカラ)は想像上の生物で、体は水でできているんですって。
マカラはサンスクリット語でワニを意味します。

初めて知りました~シャチホコはあちこちで見るのにね。
ただの魚じゃないとは思っていたけど、架空の鰐だったとは。。。


2023長崎 (210)

こっちは通用門かしら?


2023長崎 (214)

三門をくぐって境内に入って左折するとこの石段です。
やっぱり登るんですね~


2023長崎 (216)

踊り場まで登ると三門の上の方がよく見えます。


2023長崎 (215)

びっしりと絵が描かれていたのが良く分かります。


2023長崎 (217)

石段を上まで登ると、下からは見えなかった国宝の第一峰門に着きます。
元禄8年(1695年)に建立。
やっぱり赤い!


2023長崎 (220)

中国の寧波(ニンポー)で加工された材料を唐船で長崎に運び入れ、
中国工匠が建てた中国建築です。

すごい木組みがされていますね。
で、やっぱりびっしりと絵が描かれています。


2023長崎 (219)

第一峰門の説明。
ちょっと小さい~~~読めないかな?

軒下の構造組物は「四手先三葉栱(よてさきさんようきょう)と呼ばれる複雑巧緻な詰組。
国内ではほかに例がなく、中国華南地方でも珍しい構造になっています。

描かれた模様は吉祥模様や宝尽くしと言うそうです。
雲とか巻物とか漢方のレイシ(猿の腰掛)なんかが描かれています。


2023長崎 (223)

扉の模様は牡丹とコウモリ。


2023長崎 (222)

コウモリは縁起のいい生き物なんですって。
中国語の発音が「福」と同じ音で、害虫を食べる益獣なんですと。


2023長崎 (224)

境内の建物はすべて赤いです。
中国みたい~と思うのですが、実際の中国のお寺はまた違うんでしょうね。


2023長崎 (225)

国宝の大雄宝殿。こちらが本堂になります。

正保3年(1646)1月に唐商何高材(がこうざい)の寄進によって建立しました。
何高材と言えば、本日、一番に行った清水寺の本堂も寄進した唐人です。
すごいですね~


2023長崎 (226)

福州出身者が中心となり寛永6年(1629年)福州から唐僧の超を
招いて創建されました。
中国様式の寺院としては日本最古のものだそうです。

私にはよく分かりませんが、中国様式と和様式が混ざり合って、
しかも調和しているお堂だそうですよ。


2023長崎 (228)

御本尊は釈迦如来像。
左が迦葉尊者、右が阿難尊者です。

写真が小さくて仏像が良く見えないですね;;


2023長崎 (227)

仏像群の説明。

昭和10年頃の仏像修理の際、胎内から銀製の五臓、布製の六腑等が発見されました。
五臓に承応2年(1653)の年号と世話人の何高材の名前、
六腑には唐人の仏師 徐潤陽と他2名の墨書があったそうです。


2023長崎 (229)

左右の壁際に並んでいるのは十八羅漢です。
仏教の修行した偉いお坊さんたちです。

金色が少し残っていますね。
元はピカピカだったのかな?


2023長崎 (230)

先ほどの仏像群の説明の中に十八羅漢についての記述もありました。

三尊像の体内から羅漢奉加人数という延宝5年(1677)の巻物が発見されました。
また唐僧の手紙に唐仏師三人が崇福寺で羅漢を造るという記録もあることから
三尊像を造った徐潤陽と2名が造ったのではと言われています。


2023長崎 (231)

それにしても静かです。
私たちの他には一組だけでした。

街中にはたくさんの観光客がいたのに、こんな国宝を見に来ないなんて。
他に行く所が多いのか、もしくはお寺を知らないのかな。


2023長崎 (245)

大雄宝殿の隣は媽祖門(まそもん)です。
大雄宝殿と庫裡の間にあることから廊下的な役割を果たしているそうです。


2023長崎 (232)

扁額がいっぱい並んでいますが、中国語みたいで読めません。
漢字から意味を推測するしかないです。


2023長崎 (233)

媽祖門の説明。
文政10年(1827)の再建です。


2023長崎 (246)

媽祖門をくぐると前庭があってその奥が媽祖堂です。
このお堂は柵の模様が中国デザイン。

余談ですが、マカオに行った時にガイドさんが地名の由来を教えてくれました。
ポルトガル人がマカオに上陸した時、現地人にここはどこかと尋ねた所、
媽祖を祀った媽閣廟(広東語 マーコッミウ)近くだったため、
マーコッミウと言ったので地名と勘違いしてマカオになったとか、
面白いと思ったので、ずっと覚えています^^;


2023長崎 (247)

媽祖堂の説明。

媽祖は海上の守護神で道教の女神です。
唐船には媽祖像を祀り、長崎滞在中は船から降ろして、媽祖堂へ安置されました。

現在のお堂は寛政6年(1794)唐船主から砂糖1万斤の代銀 12貫目で建立されました。
どのくらいの金額なのか、わかりませんがなーー;


2023長崎 (253)

媽祖はは宋時代に実在した官吏の娘、黙娘が神になったそうです。
黙娘は建隆元年(960年)の生まれで、頭が良く16歳の時に
神通力を得て人を助けたそうです。
しかし、28歳の時に父が海難事故に遭い行方不明になり、
悲しみに暮れ彼女も旅立ち、峨眉山で仙人になったとされます。

また、父と同じく海難事故で死んだという伝承もあります。


2023長崎 (250)

奥の真ん中が媽祖神だと思いますが、もう、色が剥げ剥げで
どんな像だったのか、さっぱり分かりません。

媽祖は千里眼(せんりがん)と順風耳(じゅんぷうじ)の二神を脇に従えているそうですが、
媽祖像の横の女性じゃなくて、前にいる鬼みたいな人だと思われます。
「何か見えるか」ポーズと「なんですか?」ポーズをとっているので。


2023長崎 (251)

すごくゴージャスな冠を被った人がいました。
この人も媽祖さんらしいです。

このお方は年に一度、お着替えをされるそうですが、
この像はリアルに女性の体に作られているので、
着替えの作業は女性がするそうです。


2023長崎 (252)

媽祖堂から見る媽祖門。
屋根の向こうに二つ見えるポールは長崎港からも見えるように立てた刹竿(旗竿)です。
今は高い建物が多くて見えないですけどね。

前庭では船から媽祖像を下す儀式を行ったそうです。


2023長崎 (248)

みんな赤いお堂ばっかりで、写真を見てもどこのお堂か分からくなってきたんですけど、
このお堂は多分、媽祖堂の隣の開山堂だと思われます。

開山堂についての由来などは分からず。。。


2023長崎 (234)

大釜です。
飢饉の時にたくさんの人の命を救いました。


2023長崎 (235)

大釜の説明。
延宝8年(1680)に大飢饉が起き、餓死者がでました。
福済寺や崇福寺で施粥を行いました。

天和2年(1682)に鍛冶屋町の鋳物師 阿山家二代目弥兵衛が
大釜を造り崇福寺本堂前で施粥をしました。
一度に600kgの米を焚き3000人に粥をふるまったそうです。


2023長崎 (237)

施粥をしたことを流暢な字で書かれていますが、
上手過ぎて読みにくいです;;


2023長崎 (238)

こちらは鐘鼓楼です。
中は暗くて見えないです。


2023長崎 (236)

鐘鼓楼の説明。

二階に梵鐘と太鼓が配置されています。
中国で材料を加工して唐船で運んだと伝わります。
棟札には享保13年(1728)木匠頭荒木治右衛門の記載があります。

やっぱり中国風と和風の混ざり合った建物です。


2023長崎 (239)

護法堂。
関帝、観音、韋駄天が祀られています。


2023長崎 (241)

護法堂の説明。

他の黄檗宗のお寺では天王殿と言うそうです。
崇福寺では地形の関係でちょっと形が違うそうです。

享保16年(1731)建立。
このお堂も中国風と和風が混ざっているそうです。


2023長崎 (240)

真ん中は観音様。


2023長崎 (242)

こちらは関帝。

関帝って聞いたことが無かったです。
誰かと思ったら三国志で有名な関羽でした。

この写真では分からないのですけど、右の頬に傷があります。
これはあまりにお供え物がネズミにに食べられるので、
即非和尚が関帝像を責めて右頬を打ったために、
関帝像の右頬の漆が剥げてしまいました。


2023長崎 (243)

韋駄天像。

関帝の頬を打った翌日、韋駄天の剣にネズミが刺さっていたそうです。
きっと関帝が韋駄天にネズミを退治するよう命じたのだと驚き、
関帝の剝げ落ちた右頬を直したそうですが、上手くいかず今も傷が残っています。


2023長崎 (244)

面白い像が鎮座していました。
どこかで見たことがあるような気がしますが、分かりませんでした。

きっと中国ではメジャーなお方なのでしょうね。


2023長崎 (249)

境内の奥の方には石塔やお墓があります。


2023長崎 (254)

第一峰門の横ある小さな売店。
まるで中国のお店みたいな雰囲気で、中にはカワイイおばあちゃん。
中国にこんなおばあちゃん、いるよな~って人間まで中国的に見えてきます。

ここで書置きの御朱印を頂けます。


長崎崇福寺朱印

御朱印。

「JAPAN NAGASAKI」 って書いてある^^;
描かれている像も何なんだか???
媽祖像と千里眼・順風耳だろうか?
ちょっと違う気がするけど。


2023長崎 (218)

崇福寺は思った以上に中国的で日本に無いものがたくさんあって、
とても興味深く拝観させていただきました。

日本で活躍した唐人の想いも感じられたように思います。
私としては大満足のお寺でした。

 崇福寺 長崎県長崎市鍛冶屋町7

次は大音寺です。

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Author:じゅみーcoco
伊勢神宮の近所で生まれ育って
現在、伊勢の隣の町に在住。

忙しかった子育ても一段落。
行きたかった神社、お寺、
歴史の舞台、遺跡etc
あちこちお出かけするぞ~~
御朱印ももらっちゃうもんね^^

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