犬山めぐり 3
尾張五社 針綱神社 2023-4-19参拝 2023-10-7
急に秋になりましたね。
長い里帰りの娘と孫が帰って行きまして、日常が戻ってきました。
帰ってしまうと寂しいものですね。
そんな中、もう一人の娘と長崎旅行に行ってきました。
早く長崎の記事を書きたいですけど^^;
本日のコース
犬山城と城下町→三光稲荷神社→針綱神社→桃太郎神社
- 針綱神社 はりつなじんじゃ -
創建不明の延喜式内社です。
太古より犬山の峰(現在の犬山城天守閣付近)に鎮座され、
濃尾の総鎮守でありました。
織田信長公の叔父"織田信康"公が安産、延命長寿を祈願し
手彫りの犬を奉納した事から、安産、子授け、長寿に
特にご利益があると言われています。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
急に秋になりましたね。
長い里帰りの娘と孫が帰って行きまして、日常が戻ってきました。
帰ってしまうと寂しいものですね。
そんな中、もう一人の娘と長崎旅行に行ってきました。
早く長崎の記事を書きたいですけど^^;
本日のコース
犬山城と城下町→三光稲荷神社→針綱神社→桃太郎神社
- 針綱神社 はりつなじんじゃ -
創建不明の延喜式内社です。
太古より犬山の峰(現在の犬山城天守閣付近)に鎮座され、
濃尾の総鎮守でありました。
織田信長公の叔父"織田信康"公が安産、延命長寿を祈願し
手彫りの犬を奉納した事から、安産、子授け、長寿に
特にご利益があると言われています。
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この記事を書くまで針網(はりあみ)神社だと思っていました。
針綱(はりつな)神社でした。
今までの記事の中で間違って書いていると思われますが、見逃してください。

城下町の終点の正面にあるのが針綱神社です。
あれ?犬山城は?って思う人は多いと思います。
この針綱神社の先に犬山城があります。

私たちは犬山城へ行ってから針綱神社に来たので、裏?から入りました。

記事は正面の写真から書いていこうと思います。

由緒書き。
創建不明の古社。延喜式内社。
濃尾の総鎮守とされます。
元は犬山城の天守閣付近に鎮座していました。
犬山城築城にあたり白山平に遷り、慶長11年(1606)に城下町の名栗町に遷りました。
明治15年(1882)現在地に移転しました。

石段を登って本殿へ向かいます。
ここにも三光稲荷神社同様に「⇑犬山城」の看板があります。

拝殿。
ご祭神は尾治針名根連命。
この人は天火明命の子孫。尾綱根命の子。
尾張氏一族です。
何をしたかは不明ですけど、神様として祀られるくらいだから何かしたんでしょう。

織田信長公の叔父・織田信康公が安産、延命長寿を祈願し手彫りの犬を奉納した事から、
安産や子授け長寿にご利益があると言われるようになりました。
HPに奉納された木彫りの犬の写真が載っているのですが、
お世辞にも上手いとは言えない妙な生物となっています。
よく凄く上手い彫刻が歴史的有名人の手作りって伝わってますが、
絶対これプロが作っただろう!と思うものがほとんどです。
この犬は本当に本人が作ったと思える信憑性のある出来具合です。

おみくじ。ちゃんと色をそろえて巻き付ける所が日本人。

犬山は犬山まつりが有名ですが、この祭りは針綱神社の例祭です。
寛永12年(1635)より下本町、魚屋町からの練り物(パフォーマンス)が
出されたことに始まったとされています。
寛永18年(1641)には「車山」が出され、からくりが奉納されました。
現存は十三の山車と三つの練り物(鉄砲隊、小母衣、大母衣)があります。
(小母衣、大母衣はよく分かりませんので、調べてみて下さい)

この地方の祭りの山車は岐阜の高山が有名だと思うのですが、
同じように豪華な山車でからくり人形が付いています。
この祭りはユネスコ無形文化遺産に登録されました。
一度、見て見たいな~と思っておりますが、、、

御神馬。
古くから子供の守り神、子育てのご神馬さまと親しまれ、
お供えした豆を頂くと歯ぎしり、ひきつけが治ると伝えられています。
ちょっと間抜けに見える馬だけど、そんなご利益が、、、

御朱印。
針綱神社 HP >>
現在の犬山城は前に神社がドーンとあって、ぱっと見てお城と分かりません。
入口からもうちょっとお城感が欲しいかな~と言うのが私の感想です。
せっかく国宝なのにな~と思います。
この後はTVでよく紹介される桃太郎神社へ行きます。
<< 犬山2 三光稲荷神社 犬山4 桃太郎神社 >>

針綱(はりつな)神社でした。
今までの記事の中で間違って書いていると思われますが、見逃してください。

城下町の終点の正面にあるのが針綱神社です。
あれ?犬山城は?って思う人は多いと思います。
この針綱神社の先に犬山城があります。

私たちは犬山城へ行ってから針綱神社に来たので、裏?から入りました。

記事は正面の写真から書いていこうと思います。

由緒書き。
創建不明の古社。延喜式内社。
濃尾の総鎮守とされます。
元は犬山城の天守閣付近に鎮座していました。
犬山城築城にあたり白山平に遷り、慶長11年(1606)に城下町の名栗町に遷りました。
明治15年(1882)現在地に移転しました。

石段を登って本殿へ向かいます。
ここにも三光稲荷神社同様に「⇑犬山城」の看板があります。

拝殿。
ご祭神は尾治針名根連命。
この人は天火明命の子孫。尾綱根命の子。
尾張氏一族です。
何をしたかは不明ですけど、神様として祀られるくらいだから何かしたんでしょう。

織田信長公の叔父・織田信康公が安産、延命長寿を祈願し手彫りの犬を奉納した事から、
安産や子授け長寿にご利益があると言われるようになりました。
HPに奉納された木彫りの犬の写真が載っているのですが、
お世辞にも上手いとは言えない妙な生物となっています。
よく凄く上手い彫刻が歴史的有名人の手作りって伝わってますが、
絶対これプロが作っただろう!と思うものがほとんどです。
この犬は本当に本人が作ったと思える信憑性のある出来具合です。

おみくじ。ちゃんと色をそろえて巻き付ける所が日本人。

犬山は犬山まつりが有名ですが、この祭りは針綱神社の例祭です。
寛永12年(1635)より下本町、魚屋町からの練り物(パフォーマンス)が
出されたことに始まったとされています。
寛永18年(1641)には「車山」が出され、からくりが奉納されました。
現存は十三の山車と三つの練り物(鉄砲隊、小母衣、大母衣)があります。
(小母衣、大母衣はよく分かりませんので、調べてみて下さい)

この地方の祭りの山車は岐阜の高山が有名だと思うのですが、
同じように豪華な山車でからくり人形が付いています。
この祭りはユネスコ無形文化遺産に登録されました。
一度、見て見たいな~と思っておりますが、、、

御神馬。
古くから子供の守り神、子育てのご神馬さまと親しまれ、
お供えした豆を頂くと歯ぎしり、ひきつけが治ると伝えられています。
ちょっと間抜けに見える馬だけど、そんなご利益が、、、

御朱印。

現在の犬山城は前に神社がドーンとあって、ぱっと見てお城と分かりません。
入口からもうちょっとお城感が欲しいかな~と言うのが私の感想です。
せっかく国宝なのにな~と思います。
この後はTVでよく紹介される桃太郎神社へ行きます。
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