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京都母子旅 14

慶派の仏像が座す千本釈迦堂  2021-7-1参拝  2021-10-1

ちょっとコロナが落ち着いていた7月に京都に行きましたが、
あれよあれよと言う間にコロナが蔓延してしまいました。

京都で社寺巡りをしたのが遥か昔のようです。
今度、京都に行けるのはいつだろう…

7月1日のコース
清水寺→地主神社→清水門前から祇園→平安神宮→二条城
7月2日のコース
金閣寺→晴明神社→大将軍八神社→東向観音寺→北野天満宮→
千本釈迦堂→千本ゑんま堂→釘抜地蔵

- 瑞応山 大報恩寺 ずいおうざん だいほうおんじ
            別称 千本釈迦堂 せんぼんしゃかどう -


鎌倉初期安貞元年(1227)義空上人によって開創。
本堂は応仁・文明の乱の戦火を奇跡的に免れ、
創建時そのままのもので国宝です。

本尊は行快作の釈迦如来坐像。
他にも定慶の六観音など、重要文化財の仏像が多数あります。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


北野天満宮から上七軒に来ました。

2021-7京都母子旅 (298)

上七軒で北野天満宮で見かけた歯の三本しかない地元のおじいちゃんに
声をかけられ、千本釈迦堂へ行くと言いうと案内したろと、
凄い細い道を通って翔鸞公園まで連れて行ってもらいました。

おじいちゃんはここで「こっから分かるやろ」と言って去って行きました。
分かるわけないやん。
親切なんだろうけど中途半端だな~まあ、いいけどさ。

千本釈迦堂

表参道入口。

おじいちゃんが「こっちだ」と言ったのは裏の入口で分かり難かったです。
公園から同じくらいの距離に表参道の入口もあるのに、せめて表を教えてよねぇ。

2021-7京都母子旅 (301)

国宝の本堂。

安貞元年(1227)に建立された本堂は、幾多の戦火を免れ、
800年近く経った今も当時のまま。
京都市内(京洛)最古の木造建造物として国宝に指定されています。

2021-7京都母子旅 (302)

鎌倉時代初期の承久3年(1221年)藤原秀衡の孫、義空上人が、
小堂を建てて釈迦如来像を祀ったのが始まり。

千本釈迦堂は大報恩寺というお寺です。
千本通にある釈迦如来像を祀ったお寺という事で「千本釈迦堂」と言うのは
容易に想像できますが、千本通って何が千本?って思いますよね。

桜が千本、松が千本と言う説もあるのですが、卒塔婆が千本と言うのがよく聞く説です。
この道は蓮台野という葬送地に続いており、都から死者を蓮台野へと運ぶ際に、
死者を供養するために千本もの卒塔婆を並べたことから千本通となったそうです。

当時は風葬だったので、千本の卒塔婆が並ぶ道を通って着いた葬送地は死体が
ゴロゴロと転がっていたわけですね~
ちょっと想像が追い付かない光景です。

2021-7京都母子旅 (308)

千本釈迦堂は600円で本堂と霊宝殿を拝観できます。
ちょうど、雨が激しくなって来たのでグッドタイミング!

国宝の本堂は鎌倉時代らしいどっしりとしたお堂で、
剛健質実と言う言葉がぴったりです。

2021-7京都母子旅 (309)

春には本堂前にある枝垂れ桜が咲き、お寺の雰囲気も変わります。
写真しか見てないけど^^; そんな風に思えました。

2021-7京都母子旅 (310)

御本尊は行快(快慶の弟子)作の釈迦如来像。
秘仏で見ることはできません。

白と黒ばかりのシンプルなお堂に見えますが、本尊が納められている厨子と天蓋は
極彩色で美し仏画が描かれています。
残念ながら「柱の刀傷」に気を取られて、あまり中を覗いてきませんでした。
しまったな~~~

2021-7京都母子旅 (311) 

こちらが気を取られた刀傷。

 2021-7京都母子旅 (312)

これが応仁の乱の残痕。
ここで侍たちが殺し合いをしたんだよ!
多分、血だらけで死体なんかも転がっていたりして、凄まじい有様だったことでしょう。
恐ろしや~~~

2021-7京都母子旅 (314)

次は霊宝館へ行きます。
木々に囲まれた奥の方にあって、そんな宝物館があるとは知りませんでした。

収蔵物は凄いですよ!
私の好きな慶派の仏像がずらりと並んで、それはもう壮観でした。

快慶作の十大弟子、定慶作の六観音。
リサーチなしで来てしまいましたが、思いがけず素晴らしい仏像に出会えて感動です。

千本釈迦堂2朱印

千本釈迦堂1朱印

拝観受付で御朱印をお願いしました。
千本釈迦堂はいくつかの札所になっています。

2021-7京都母子旅 (303)

本堂や境内にはあちこちに「おかめ」さんがありまして、下調べしてないので、
どういう由来か分からないまま取り合えず写真を撮りました。
説明書きを読めばよかったんですけど、雨と疲れに負けまして…

「阿亀(おかめ)」とは本堂建築で棟梁を務めた大工「長井飛騨守高次」の妻の事で、高次が本堂を建築していた時、重要な柱の寸法を間違えて短く切り過ぎ、責任ある棟梁として苦悩している時に「枡組(ますぐみ)で補えばどうか」と助言して、夫の窮地を救ったのです。
これにより夫は工事を無事に遂げる事になりましたが、「(専門家でもない)女の知恵で棟梁が大仕事を成し得たと言われては夫の恥」と上棟式を迎える前に「おかめ」は自害してしまうと言う悲劇です。

節分には「おかめ」を偲んで「おかめ福節分」の行事が開催されます。

2021-7京都母子旅 (305)

稲荷社。

千本釈迦堂ではおかめ福節分の他にも、12月に行われる成道会と大根焚きが有名です。
陶器市や六道参りなどもあります。

2021-7京都母子旅 (306)

北野経王堂。

応永8年(1401)北野天満宮に足利義満が明徳の乱の戦没者を弔う為に
北野経王堂願成就寺を建立したのが始まり。
慶長10年(1605年)に豊臣秀頼が北野社(北野天満宮)に再建。
明治の神仏分離でこちらへ遷されました。

2021-7京都母子旅 (307)

説明書き。

足利義満が建立した時は三十三間堂の1.5倍と言う大きなお堂でした。
応永19年、「北野経王堂一切経五千五百余巻(現在、重要文化財)」が奉納されました。

再建、荒廃などで規模はどんどん縮小されました。
廃仏毀釈で解体された木材を千本釈迦堂に運び、さらに縮小されて再建したのが、
こちらの北野経王堂です。

2021-7京都母子旅 (304)

見所の多い良いお寺でした。
雨と疲れとリサーチ不足で見逃したところがたくさんあるので、
今度はこの枝垂れ桜が咲く時期に来られたら良いな~と思います。

  大報恩寺(千本釈迦堂) HP >>

次はやはり千本通り沿いにある千本ゑんま堂へ行きます。
千本釈迦堂から700mくらいです。

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tag : 京都 千本釈迦堂 大報恩寺 行快 快慶 国宝 朱印

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Author:じゅみーcoco
伊勢神宮の近所で生まれ育って
現在、伊勢の隣の町に在住。

忙しかった子育ても一段落。
行きたかった神社、お寺、
歴史の舞台、遺跡etc
あちこちお出かけするぞ~~
御朱印ももらっちゃうもんね^^

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